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KOKO#0 アイゼンバーン通りへ

Prologue by Makoto Okajima

「KOKO」は、変わりゆく都市で暮らす人々のライフストーリーや、個人的な感情を通して、街のダイナミズムを記録するニュースレタープロジェクトです。

舞台となるのは、かつて「ドイツで最も危険な通り」と呼ばれたドイツ東部の都市ライプツィヒのアイゼンバーン通り。安い家賃に惹かれた若者や移民が集まり、ここ数年で活気のある通りへと変貌した一方で、アルコールやドラックの問題、家賃上昇や低所得者の排除など、さまざまな問題に直面しています。

初回は「KOKO」発起人であるキュレーター・エディターの岡島真琴が、このプロジェクトについて、そしてアイゼンバーン通りへとご案内します。

「最も美しい駅」から「最も危険な通り」へ

ドイツの首都ベルリンから、特急列車に乗って南へ約1時間。ライプツィヒ中央駅で下車すると、まるで映画に出てきそうな駅舎が現れる。1915年に建てられたこの駅は「世界で最も美しい駅」と称され、市街地には市庁舎やアーケード街をはじめとする美しい歴史的建造物が軒を連ねている。バッハやメンデルスゾーンなどの音楽家や、文豪ゲーテにゆかりがあり、さらにベルリンの壁崩壊へとつながる平和革命の始まりの地であるなど、小さいながらも重厚な歴史を持つ街だ。

しかし、そんな観光名所に立ち寄ることもなく、トラムの1番か3番に乗り込んで街の東側へと向かう。5分も乗っていれば、ドイツ人だけでなくアラブ系やアジア系移民の乗客の多さに気づくだろう。ヨーロッパらしい石造りの建物の間に、活気あるアラブマーケットや色とりどりのグラフィティーが現れ、トラムの車窓から見える街の様子も変化していく。そうこうしているうちに、目的地である「アイゼンバーン通り」に到着した。ここが私たちの住む街であり、このプロジェクトの舞台だ。

独特な多様性を持つアイゼンバーン通り

初めてアイゼンバーン通りを訪れたとき、私はただの旅行者だった。この通りは、移民・難民や低所得者層の人々が多く住み、ギャングの抗争や盗難、放火、ドラッグやアルコールの問題が絶えないことなどから、かつて「ドイツで最も危険な通り」と呼ばれた。

というのも、1990年のドイツ再統一後、旧東ドイツに属していたライプツィヒでは主要産業が崩壊し、労働者や若者が職を求めてドイツ西部へと移住した。その結果、特にライプツィヒ東部では人口の約3分の1を失った。この通りは空き家だらけになり、建物の風化や治安の悪化が一気に進んだ。

一方で2010年代に入ると、安い家賃に惹かれた若者や外国人たちが、自由な空間を求めてこの通りに集まるようになる。彼らは、ライプツィヒ市の空き家再生プロジェクトを活用して、さまざまなフリースペースを開いた。さらに2010年代後半には、欧州難民危機によってシリアやイラク、アフガニスタンなどから移民・難民が流入。家賃の安いこのエリアは彼らの受け皿となり、多いところでは外国にルーツを持つ人々が住民の約半数を占めた。

こうしてアイゼンバーン通りは、アラブスーパーの隣に政治的アートスペース、ロシア食材店の隣にヒップな雑貨店、改修中の空き家、タトゥースタジオ、おしゃれなカフェ、子どものためのスペースなどが混在し、さまざまな人種や国籍の人々、大人や子ども、高齢者が行き交う場所となった。少し道を歩いただけでもドイツ語、英語、アラビア語、ロシア語、ペルシャ語、ベトナム語など、さまざまな言語が耳に飛び込んでくる。そんな街のエネルギーに心を踊らされ、ライプツィヒに住むならこの通りの周辺がいいなと思った。

もちろん実際に住んでみると、現実が見えてくる。国籍も人種、宗教や政治観の異なる多様なコミュニティが混交するため、必然的にコミュニティ同士の齟齬や分断も生まれる。路上でのケンカをはじめ、時にはバリケードで道が塞がれたり、ゴミ箱が燃えて火災が発生したりするのを目にした。この通りに警察署ができるいう話が持ち上がれば、その予定地に投石や落書きなどを通した抗議が起こる。「武器禁止」(Waffen verboten)と書かれた看板が、今もこの通りには立っている。

またアイゼンバーン通りの活性化は、不動産価格の上昇をもたらした。低所得者層の人々をはじめ、クリエイティブな活動を通してこの地区に新しい価値を提供してきた人たちが家賃高騰や地上げによって追い出されつつあるのだ。このようにして、今、アイゼンバーン通りの景色が再び大きく変化している。

路上の言葉を聴く

急激な変化を迎えるアイゼンバーン通りで、しかし一定のペースで暮らす人たちがいる。ここが好きだから、はたまた腐れ縁か、この場所にいる理由や事情はそれぞれ異なる。しかし彼らの言葉からは共通して、都市の歴史と変化、そして社会の制約を受けながらもどこか飄々と生きる人々の姿が見えてくるようだった。彼らの物語を集めたら、この街の特別なアーカイブをつくれるのではないか。そんな思惑から、私たちはこの街の人へのインタビューを始めた。

しかしインタビューを始めてすぐ、彼らの声があまりに剥き出しで繊細であることを目の当たりにする。この街には、仕事や経済状況、アルコールや薬物中毒、ビザ、精神的・身体的問題などを抱えている人が少なくない。あるいは多数派に声をかき消されたり、沈黙を選んだりする人もいる。また多くの移民にとって、母語でないドイツ語や英語でインタビューに答えることは、当たり前にストレスである。

そうした人々の飾り気のない生の言葉を受け取った私たちは、それらを編集して語り直すことの責任の大きさに改めて直面する。また、そもそも「語る」という行為自体が、語り手と聴き手の共同作業であるはずだ。そう考えをめぐらせる過程で、この街にゆかりのある「聴くこと」を仕事やライフワークにする人たちに、社会の波に埋もれてしまいそうな言葉に耳を傾ける方法を聞いた。

そのためこのニュースレターでは、アイゼンバーン通りで生活する人々の物語を綴った「語る人」のインタビューと、それらの物語に耳を傾ける方法についてのヒントとして「聴く人」のインタビューが織り合わさっている。そのどちらもが、「いま・ここにいる人々の物語を残したい」というこのプロジェクトの意思を支えてくれている。

プロジェクトのタイトルである「KOKO」とは、場所としての「ここ」(here)だけでなく、「個々」(individual)でもある。決して大きなメディアに拾い上げられることのない路上の言葉、都市の隙間に息づいている個人的な感情。それらは一見すると偶然に、無関係に散らばっているように見えるが、いつの間にかゆるやかに繋がって、ひとつの世界を立ち現れさせる。それこそが、私たちが「KOKO」を通して捉えようとしたものだ。

これからお届けするニュースレターは、読者の方々の多くにとって、全然知らない街の、全然知らない誰かの物語である。それでも回を重ねるごとに、人々の言葉や人生を通して、この街の自由で奇妙なダイナミズムに触れていただけるかもしれない。皆さんの想像力の中で、この街に生きるさまざまな人が今日もアイゼンバーン通りを闊歩する。そんなニュースレターをお楽しみください。

KOKO

published by SEA SONS PRESS

Curator and Editor : Makoto Okajima

Illustration and Comic : Asuka Okajima

Photograph : Sobamichi Sawaki

Special Thanks :

Martin, Karel, G, Mayuko, Tobias, Bruno, Gabriella, Alisa, Karim, Goro, Karam, Melisa, Nora, Anja, Marisa, Gisela, Jens, Keiko, Miho, Kei, Masaru, Participants and Professors of Master Course of “Cultures of the Curatorial” at the Academy of Fine Arts Leipzig, Anji, Asuka, and YOU.